「すき」と暮らす

走りすぎない。堅いことなしに、好きに暮らそう。

丁寧な暮らしは実はこころの贅沢なのだという話

 

「すき」と暮らすの、梅田ミズキです。

 

f:id:rnizuki:20190929214942j:plain

 

最近よく耳にする、「丁寧な暮らし」という言葉。

自分に合ったさまざまな方法で、実践している方が多いですね。

 

とはいえ、育児や家事に追われていると「自分の時間なんてほとんど無いし、お金もかけられない。丁寧なんて言ってられない。」といった気持ちも。

 

「丁寧な暮らし」とは、「贅沢な暮らし」のことなのでしょうか。

 

経験談を踏まえ、紐解いていきます。秋の夜長のお供に、是非読んでみてくださいね。

 

 

「私らしい」に正面から向き合う

 

普段、あなたの「立ち位置」は何処にあるでしょうか。

 

女性、男性、社会人、学生、主婦、夫、妻、父、母、子・・・

それは、細かく分けてゆけば限りがないほど。

 

「男性らしい」「女性らしい」といった概念すら現代では時代遅れで、性別の枠は関係ないという風潮が。なんて素敵なのだろう。そう思います。

 

そうなると、私の立ち位置ってどこだろう。仕事しているから社会人ではあるし、結婚しているから主婦でもある。子どもがいるので母でもあるか。

 

ですがこれ、よくよく考えてみれば、「なにかありきの私」だということに気付きます。「仕事」があるから、社会人。「結婚」したので、主婦。「子ども」がいるので、母。

 

「何か」が無い、まっさらな私の立ち位置とは。そう考えた時に、私はすぐには妥当な答えが浮かんで来ませんでした。

 

  • もしも仕事をしていなかったら
  • もしも結婚していなかったら
  • もしも子どもを産んでいなかったら

 

そうであったなら、私は一体どこに位置しているのか分からなかったのです。

もちろん、そんな現実的でないことは知る必要はないのかもしれない。

けれど、自分らしさが欲しいと強く思った私は、「私らしい」にどかんと正面から向き合ってみることにしました。

 

私の「丁寧な暮らし」へのあこがれは、そこがスタートラインだったのです。

 

大人になるほど難しい、「柔らかく考える」ということ

 

それから私は、自分の強みについてたくさん考えました。夜眠る前に、「何が得意だったかな、趣味と呼べるものはあるかな」と考えを巡らせる毎日。

 

けれど不思議なもので、考えれば考える程分からない。

 

きっと学生のようにもうちょっぴりみずみずしかった頃なら、もっと柔らかい頭で自分と向き合えたのかな。

大人になればなるほど、さまざまな雑念や余計なプライドが邪魔をするのです。

 

そこで思い付いたこと、それが「形から入る」。

自分らしさを極めるために、余計なものを捨てようと思ったのでした。

 

「モノ」の断捨離

 

そうと決めたらやらなければいけないのが、自分は何を欲していて何を要らないと感じているのかということ。不要なものを切り捨てていくために、それが何なのかをまず見極める必要がありました。

 

住まいに眠っている、長らく使っていない物。穴が開くほど読み込んで、擦り切れてしまっている本。いつか使うだろうと思い、残しておいた袋など。もう一度見て、「今ときめかないもの」は全て捨てました。

 

私は元々モノを溜め込む方ではないのだけれど、やると決めてから暮らしの道具を見返すと、必要と不要を分類することが出来ました。まるでそれらが色分けされているかのように、見事に、気持ち良いくらいに。

 

そして勢い(調子)に乗った私の断捨離は「モノ」に留まらなかったのです。

 

「とりあえず」「いつか」の断捨離

 

好きなことにはガンコ。曲げないし、曲げられない。それでいて、変な所で優柔不断。この性格に自分自身さえも振り回されて、ぐったりすることもしばしば。

 

次に取り掛かったのは、そんな自分の悪い癖を省いていく作業。「コト」の断捨離です。やると決めた私のこれからの生活に、「とりあえず取っておこう」「いつか使うかも」の選択肢は不要でしかありませんでした。

 

今使わないものは、あっさりと手放す。使う時に、また新たに取り入れる。

ただそれだけの、なんてことない単純なこと。そのルーティンで、私の暮らしはまるごと身軽になっていったのでした。

 

見えてきた「私らしさ」と確かに感じる豊かさ

 

そして、自分の暮らしの中から余分なものを取り除いていった結果、見えてきたこと。それは、ずっと探してきた「私らしさ」でした。

 

私にとっての「私らしさ」。それは、経済的な贅沢でも、多くのモノを持つことでもなかった。

「本当に好きでこだわったモノやコトたちに囲まれながら、シンプルに暮らしていくこと」、それだけだったのです。

 

たくさん手放したはずなのに、何故だか豊かになったなんて。まさに一石二鳥でした。

 

それどころか、もはや一石何鳥だろう。だってこのきっかけを皮切りに、私は住まいにおいての暮らしやすさをとても良く考えるようになったのだし。

すっきりと手放す決断力も付いたし、買い物で「こだわりの“好き”」を見つけるのも上手くなったように思うし。

 

何より、頭の中の整理がつけやすくなりました。

 

「丁寧に暮らす」ということ。それは目に見える贅沢ではなく、こころと暮らしをとスッと身軽にするという、何にも代えがたい贅沢だと言えます。

 

今日から誰でも始められる丁寧じたくで、あなたも、こころの贅沢貯金を始めてみませんか。

 

 

▼ あわせて読みたい

www.rnizulog.com

 

Twitter https://twitter.com/mizulifejp
(@mizulifejp)

Instagram https://www.instagram.com/rnizuki.jp/
(@rnizuki.jp)

▼ ご連絡はこちらからよろしくお願い致します

tayori.com